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2007年3月26日 (月)

若おかみは小学生!

若おかみは小学生!―花の湯温泉ストーリー〈2〉

両親を亡くし、春の屋の祖母のもとで若女将として旅館の手伝いをしているおっこ(関織子)。

今回は有名な旅館評論家(藤堂太郎)が取材をかねて春の屋に泊まることになる。

同じ時綺麗な母親とぷくぷくと太った女の子(まや)が泊まりに来る。

太っている事を気にしているまやは旅館の食事をとろうとしない。しかしこっそりとお菓子を食べている。

それを知ったおっこは、まやに一日若女将体験をしてもらう。旅館評論家の藤堂も面白そうだと一緒に参加。

はてさて、まやは普通の食事ができるようになるのか?藤堂のかく春の屋の記事は?

この旅館をずっと見守っている幽霊のウリ坊やライバルの旅館の娘でおっこの同級生・秋野真月の姉である秋野美陽の幽霊もあらわれ目が話せない?展開。

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2007年3月22日 (木)

ハードル

アニメ版 ハードル

中学受験目前の麗音は文具店で同じクラスの浜田博が万引きするところを目撃した。

盗んだ品物を返して謝る事を条件に万引きの事は誰にも言わない約束をしたが、浜田博は手紙と万引きした品物を袋に入れ文具店の前に置いてきてしまう。

文具店の北野のおばあちゃんがそれを落し物と勘違いし、ちょうど通りかかった教頭先生に手紙を読んでもらう。

教頭先生は驚いて犯人探しをする。

麗音が万引きの事を黙っているのをいいことに浜田博は目撃者と偽って麗音を犯人に仕立て上げてしまう。

担任の中川先生もお母さんも麗音のことを信じてくれない。しかしクラスの仲間達は麗音がそんな事をするやつじゃないと朝学校に一緒に行くために誘いに来てくれる。

中川先生はクラス目標『自分の目で見よう。自分の心で感じよう。信じられるもののために、勇気を出して行動しよう』が根付いており自分ができていないと反省する。

この後、中学2年生になった麗音は引っ越した先でいじめにあい、自分でケリをつけに行って意識不明になる。

この学校に転校してきた時、担任の先生は麗音の髪が茶色である事から黒く染めないといじめにあうと忠告する。もちろん染める事は校則で禁止されている。茶色に染めるのは校則違反で黒に染めるのはいいのか?麗音はあるがままの自分でいようと黒には染めなかった。

先生は麗音がいじめにあっているのを知りながら「だから忠告したでしょ。今更相談されても困るからね」の一言

麗音が意識不明になったときも「試験前の大事な時期なんだから、有沢君(麗音のこと)の事は忘れなさい。」

これは物語の中のことですが、それにしてもこの先生の対応・態度はひどすぎます。実際にはこういうことが無い事を願うばかりですが、ニュースで聞く学校や先生の対応も似たようなものかと感じられ,そのたびに怒りと悲しみが湧き上がってきます。

勇気を出して正しく生きようとする事が何と難しい世の中なのか!

この本はアニメ版で読みやすくなっているのでいじめの事や勇気を持って立ち上がることを小さいうちから知っていて欲しいです。

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2007年3月17日 (土)

少し変わった子あります

少し変わった子あります

何となく不思議な話である。

読み終えた今も??といった感じ。

大学の先生が後輩に教えられた店へ行った時の出来事を話している。

その店に行くきっかけとなったのは後輩が行方不明になったため店のことを思い出し電話してみたのである。

店といっても固定の店舗を構えているわけではなく、毎回違うところで料理を食べさせてくれる。

それに店の名前も無く女将の名前もわからない。分かっているのは店の電話番号ぐらいである。

女性と一緒に食事をし二人分の料理代を払うというシステムだが、女性がこれといってすることは無く一緒に食事をして少し話をする程度、もちろん女性も一度限りで同じ女性とまた一緒に食事をすることは無いし、これまた名前を聞くこともできない。

店は静かなところで、女性の食べ方は非常に美しくといったところが共通点だろうか?何も話さなくても満足して帰れるとその先生は感じているのである。

最後の章で・・あれ?この女性の話、前に出てきてたような気が・・・それにこの店には今回で二度目って言ってるけど結構沢山行っていたはずなのに・・・・

ここではじめに書いた??が出てきたわけです(内容も実は??が多いのですが)

そこでもう一度見てみると後輩から教えられた小山先生がこの先生なら店のことを紹介してもいいかな?と思い、次の機会に話すよといっていた相手が最後の章でお店に行っていた先生だったんですね。(注意散漫でした^^;)

小山先生は一体どうしたのか?

なんともはや、不思議なお店の不思議なお話でした。

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2007年3月16日 (金)

いつまで続くの?

うぅぅぅぅぅぅ  寒い寒い

この冬は暖冬だったのに

一時は初夏の暖かさもあったはず

なのになのに

なかなか冬はど~んと腰をおろし

春はまだまだ眠ったまま

いつまで続くの?この寒さ

春が恋しい今日この頃です

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2007年3月10日 (土)

吾郎とゴロー

吾郎とゴロー

吾郎はこの春、帝都大学医学部を卒業し、医師免許を取ったばかりの研修生。

全国から集まったよりすぐりの秀才の中でも特別に優秀な医学生だった。

卒業後の研修先として、最新設備が整い、高名な医師がずらりと名を連ねる、本院の内科を希望したが、分院に配属されてしまった。

分院は本院とは正反対の前近代的な病院で、医療機器も十分にそろっていなければ建物も老朽化している、どうしようもないおんぼろ病院である。

こんな病院で働いていたら、最先端の医療から取り残されるんじゃないか?

一日でも早くおんぼろ病院を脱出して、もっとまともな病院で研修する。来年の夏にはアメリカの大学院へ進学して遺伝子治療を専攻する。

吾郎は不満たらたらである。

一方、ゴローの方ははうすいブルーのパジャマを着た若い男の患者だった。肌が透きとおるように白いほかは特に変わったところはない、そこらのへんの街頭でギターをかき鳴らして歌っていそうな長髪の若者だった。

しかし患者であったのは6年前。吾郎がゴローと出会った日のちょうど6年前この病院にかつぎこまれて、その13日後に亡くなった・・・・幽霊だったのだ。

吾郎にグッド・バイブレーションを感じで姿をあらわしたらしい。6年間ずっとそういう人間を探していたと。

それから毎日午前1時から一番ドリが鳴くまでの間、病院の中庭のフェニックスの木の下で話をするようになる。

吾郎の夏休み・・・恋人と旅行がダメになったため姉の家族旅行に行く事になった(義兄が行けなくなったため)。ただで海にも行けて美味しいものが食べられると思ったのに甘かった・・・

双子の姪っ子の相手がそれはそれは大変で・・・病院で仕事しているほうが楽なくらい。でも幽霊の話をしてやった時の姪のレミの言葉にはっとする「ゆうれいってどうして出るの?」

ゴローは何かしら、この世に思いを残してきたに違いないと。

ゴローの頼みに一肌も二肌も脱ぐ事になる。今まで他人のためにこれほど一生懸命になった事があるだろうかとちょっと自分が不思議に思う。

ゴローの頼みを聞き届ける事ができ、吾郎は気づく。

がむしゃらに走っているうちに、いつのまにか大切なものをどこかに置き忘れてきたのかもしれないと。

医者はエリートであってはいけない。庶民の味方なのだから。医者である前に一人の人間だということを。

吾郎とゴローの話は笑え、読み終わった後にじ~んとくるお話です。吾郎にとってもゴローにとっても2人が出会えてよかったです。幽霊のゴローの頼みはちょっと意外なものでしたよ。

吾郎のようなお医者さまが増えてくれるとうれしいですね。親身になって話を聞いてくれたお医者様は心に残っているものですね。

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2007年3月 9日 (金)

アナザーラブ

アナザーラヴ

8人の中学生がそれぞれ自分の援助交際を語る。

これってフィクション?実話?

『はじめに』を読むかぎり実話のような気はするが、これが実話なの?

援助交際について色々ニュースにもなったが何だか現実ではなくテレビの中(ドラマ)だけのような気がしていた。

実話であるならすごく悲しい。彼女達だけが特別どうのこうのというわけではなく誰にでも起こりうることであるだけに怖い。

実際、思春期の子ども達に接するのはすごく難しいしコミュニケーションをはかろうとしてもウザがられたり、はたまたそういう自分に疲れてしまっている事もある。子ども達にとっては大人なんだからと思うかもしれないが大人であっても、何時いかなる時でも子どもの気持ちを推し量ろうとすることは無理。(大人だって言い訳を並べ自分を正当化したい)

かといって子どもの事を考えていない親はないはず。無理な事かもしれないが手を差し伸べて欲しい気持ちを話してほしい。(気づいてくれよ!と思うかもしれないが・・・)

自分の本当のことを話せる人にめぐり会え新たな一歩を踏み出せたユウコの話この本の題名にもなっている『アナザーラブ』がせめてもの救いである。

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2007年3月 7日 (水)

たゆたいサニーディズ

たゆたいサニーデイズ

ありふれた学校生活の中でちょっとありふれていない事が起こったりの一年間です。

春のしずく 3年生が卒業して合唱部は3年の宮本耕哉と2年の葉音梢の2名になってしまった。音楽室の前にぶら下げている入部希望者が名前を書くノートに『中村雫』の名が記されていた。

春休みにわざわざ学校に来て合唱部の見学もしくは入部したいと思う人が居るはずもなく(居たら部員が2名だけってことになるはずはない!)『中村雫』という名も雫という字から偽名だと判断。結局、音楽室の窓から運動部の練習を見たいと思った人が怪しまれるのを避けるためノートに名前を書いたのではないか?と推測する。

夏のにおい 合唱コンクール。男子が真面目に練習しないため中々うまくいかない(これはよくあること)。新聞社からインタビューを受けるほどの野球部のピッチャー渡来が男子をまとめてくれたのか?本番では結構良い成績をおさめることができた。

卒業アルバム委員会。2年の間はやる事がないと思って委員になったのに早々と委員会が行われることになったが担当の名達先生は来ず窓から見えた先生を呼びに行った梢だが『泥棒騒ぎ』が起こる。野球部の部室が荒らされていた。しかし犯人を見たものは居ず他の部室も調べてみるが何処に行ったのか?消えてしまっていた。とられたものは何もないと渡来はいう。

秋のとばり 野球部がベスト4敗退。ピッチャー渡来のエラーでサヨナラの1点を取られてしまった。使っていたグローブはいつもと違う物らしい。野球部の部室が荒らされたときグローブを盗まれていたのか?

文化祭。 前日に試写会を開きDVDをそのままにしていたが当日朝DVDがなくなっていた。探したがDVDは割られた状態で発見される。

冬のむこう 野球部の練習試合。渡来は投げず、しかしバッターとしてツーベースを打つ。

梢は文化祭の時にもらっていた文芸部の機関紙に『中村雫』の名を発見。題は『中条鉄雄 最後の夏』(5年前の野球部のピッチャーの事を書いたもの)。

これにより『中村雫』の正体が判明する。

音楽の先生の永井先生の怪我、野球部部室のぼや騒ぎと事件は続く。

野球部の部室を荒らしたのは誰なのか?DVDを割ったのは?ぼや騒ぎと永井先生の怪我の関係は?

宮本耕哉の推理と葉音梢とのやり取り、梢の気持ちは?

エピローグ 春 3年生が卒業し合唱部は葉音梢の1名になってしまった。もうすぐ新学期。

ちょうど3月卒業式シーズン。本を読みながら学生時代の何でもないことがよみがえる。放課後遅くまで残っていて、しんと静まりかえった校舎。コンクリート塀に囲まれた部室(夏の部室は蒸し風呂のようだった)。授業の事は覚えていないのに放課後の事は懐かしく思い出される。

ところで宮本耕哉と葉音梢。同じ部活でしかも二人だけなのにどうしてただ単なる先輩と後輩だけの関係以上に発展しなかったのかな?

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2007年3月 5日 (月)

早送りの人生

早送りの人生 愛につつまれた最後の日々

身体を動かす事が大好きで何でも自分でやってきた英語教師のダーシーが33歳の時ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断される頃からの一年間を綴る。

恋人はいつでも作れる(?)が子どもはタイムリミットがある。ダーシーは子どもが欲しかった。

人工授精を考え精子バンクに申し込みをし33歳の夏ごろから人工授精を始めようとしていた。

一方ロクな思い出がないデートサービスに何故だか3月のはじめに登録してしまっていた。しかしやはりいい人は現れず入会期間も残り僅か、きっとこのまま脱会するに違いないと思っていた矢先・・・・面白くて、好感が持てて、ちっとも誤字脱字がないメールが届いた。

送信者はスティーヴという男性。

彼のプロフィールはダーシーと同じ活動的で、ランニングやハイキングの好きなアウトドア派。中々のハンサムで見たところエネルギッシュで優しそう。

6月から始まったメール交換は途絶えることなくお互いに惹かれ始める。

精子バンクの事を話すべき?

悩んだ末、正直に書いてメールを送る。

しばらくメールチェックをしなかったが返事を見てびっくり。自分も子どもが欲しいとスティーヴ。近いうちに会おう。実際に会ったらお互い幻滅するかもしれない。それならそれで構わない。ひょっとして恋に落ちる可能性も無きにしも非ずだがと彼は言った。

5月になった頃から右脚が突っ張るように感じていたがスティーヴと人工授精に気をとられているうちに6月が過ぎ、走るのはもちろんの事、歩くのもつらくなっていた。

スティーヴの待つ空港の通路を進みながらのろのろとしか歩けない自分に腹が立つ。

正直心のどこかでスティーヴを疑っていたが彼の押し付けがましくない自信、ユーモアのセンス、優しい人柄にすっかり夢中。

初めて彼に会った日の翌日、朝からハイキングを楽しんだ後、夕方になって帰りの便をキャンセルした。急いで帰ることはない。

9月15日、スティーブと一緒にジョン(ダーシーの友で神経科医)のもとを訪れEMG(筋電図)をとってもらう。右脚の腓骨神経に問題があると判断。たいしたことがなくてよかったと思っていたが、スティーヴが左脚もおかしいことに気づいたと・・・左脚の検査背中の検査もした。結果は明日。

「ひょっとしたら厄介な病気かもしれない。神経筋専門医の予約を取り付けている。」とジョン。

ジョンの努力にもかかわらず予約は一ヶ月も先。まさに地獄のような毎日。

たまりかねてジョンに聞く「他の病気じゃない?」

ジョンの答えは「まだ死ぬと決まったわけじゃない」だった。

ALSだと診断されても生きる事への思いを失わず周りの人の愛を感じ、また周りの人へ愛を注ぐ。

恋愛して子どもを生み、その子の成長を願う。たった一年間の出来事だが濃厚で凝縮された早送りの人生だった。

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